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それは、時代の狭間に咲いた徒花だった。ほんの瞬間、光り輝いて消えて行く。今では覚えていない人も多い。けれど、日本のエロ本の歴史においては、ビニ本への道程を用意し、スカトロへの入口を拓き、その後のAVブームの準備を整え、といった多くの功績を残している。誰も誉めてくれる人はいないが。しょうがない、ワタシが誉めることにしようか。 かつて、日本全国に雑誌の自動販売機を1万台、抱えた業者が存在した。ここに集められたのは、その自販機で売るために作られたB5版64ページの写真集だ。出版元は「アリス出版」「LC企画」「DO企画」など。当時は一冊500円で売られていた。時代的には1970年代末である。まだビデオは普及してなく、青少年たちにとってのポルノというのは「日活ロマンポルノ」「エロ劇画」「通販の写真集」などだった。 今でも一部ではエロ本の自販機というものが残っているようだが、絶対的な台数が違う。それに当時はまだ銀色フィルムのマジックミラーによる規制もなく、こんなゲスな表紙のエロ本が堂々と、道ばたで展示されていたのだ。しかも、少年マガジンとかビッグコミックと並んで機械に収まっているんだから、買う方にしてみれば親切というか、PTAの神経を逆撫でするというか、案の定、数年でその会社そのものが潰れてしまうのだが、その短い期間に自販機ポルノの成し遂げた仕事は大きかった。 さて、それでは順番に中身を見てみよう。まずは「愛液販売所」だ。発行は「エルシー企画」。表4(左側)で女の乳首のところにマゼンタ版で修正が入っているのに注目して貰いたい。この種の写真集はソフトな表紙とハードな表紙を使い分けるのがセオリーで、学校の近くとか、PTAがうるさい場所ではあんまりエロくなさそうな表紙で誤魔化す、という手法を取っていた。他の表紙もその原則に沿っているのが、確認していただけることだろう。 で、実は「愛液販売所」の中身はレズ物だ。ガソリンスタンドと普通の室内とで撮影している。あと、ちょっとだけ黒バックのスタジオ風の空間もあるな。たぶん編集部の隅っこで撮ったんだろう。通販なんかのエロ本ではレズ物は定番だったのだが、ここではささやかながらもそれにストーリー性を付け加えているのが特徴だ。 次に「制服のめざめ」。これはまた大胆な表紙。なんたって女の子の顔がない。これは禁じ手だね。中身はセーラー服物で、女の子が4人。次の「私立女子高生」の撮影の一部も入ってます。ようするに寄せ集め。ネタがないんで苦し紛れにやったんだろう。売れなかったらしく、この路線はその後は見られない。つーか、ワタシが入社後はこんな安直な事はやらせて貰えなかった。 「私立女子高生」はなんと杉浦則夫撮影。このカメラマンはSMの大家で有名な人。当時でも今でも業界の第一人者だ。さほど数は多くないが、アリスの写真集でも仕事をしている。もっともこの作品では内容的には菊一文字路線そのもの。たぶん、撮影に同行してディレクションやってるはずだ。驚いたことに、あの吉田光彦のイラストが2点、入っている。たぶん描きおろし。初期アリス出版の試行錯誤を感じさせる一冊。貴重品だ。 「向島巡礼・淫らな桃」は、これまた実験的なエロ本である。発行はアリス出版の名前になっているが、編集はLanda.SS。撮影は国吉紀行。この人も当時、業界トップのカメラマンだった。中身は寺山修司か暗黒舞踏か、といった感じ。ロケ現場は、……知ってるぞ、オレ。これは向島の百花園にあったボロい旅館だ。廃屋みたいな和室で、田舎者丸出しのネーチャンが麿赤児ばりの白塗りに赤い長襦袢で紙風船ついたり、妙なお面をつけたフンドシ姿の男とからんだりしている。何故か丸綴じではなく背表紙がある。どうでもいいことだが。自販機ポルノ業界とアングラ演劇の世界とは実はけっこう結びつきがあったりする。別に不思議ではないが。 さて、ここでまたエルシー企画に戻ろう。「空中SEX」。タイトルは物凄いが、その後誰かがAVでやったみたいにクレーンで吊り上げたりはしない。単にロープウェーの車内でカラむだけだ。ビデオ屋さんと違ってスチール撮影は道具が少ないので、こんなもんはゲリラ的に許可も得ないで撮ってしまう。エルシー企画のカメラマンだった岡克己なんかは米軍基地で裸を撮ってMPに捕まって「写真学校の卒業制作だ」と主張して逃げてきたほど。女の縦ロールのかつらが笑かしてくれる。エルシー企画にはこうした破れかぶれ的な物が目立つような気がする。なんせ、表紙に使えるような女がいない…という理由で「局部アップ」や「女子便所」シリーズを作ってしまった会社だ。ところで女が15cmくらいある厚底靴を履いてるんですけど。 さて、続きましては「性教育実践愛戯」だ。このシリーズの出演がきっかけでワタシは自販機業界にはいった。中身はいわゆる四十八手物の体位集。往時のカルメンマキみたいなネーチャンがヒラヒラのドレスで、今回の相手は怪しげなブーツを履いた青年だったりして、時代を感じさせてくれます。「性の解放が叫ばれながらも、無知の悲劇はあとをたたない。そして、少女体験者が増大するわりには、童貞者の高年齢拡大現象がおこっている。そこで、シリーズ第5集で、再度スタートラインをふまえて、初心者向け、HOW TO SEXを編集することとした」と、岩波文庫を思わせるような格調高い前文があって、でも中身は「日本の女子大生の好きな体位ナンバーワンは後背位」とか、わけわかんなくなってます。 これもアリス出版だが、出版編集人は「山田定幸」名義になってる。この人もアリス出版初期の編集者で、ワタシが入社するまではもうひとり、有名な「亀和田武」と二人しか編集者はいなかった。菊一文字のアングラ路線とはまた違った、どちらかというとエルシー企画に近い路線の人だ。代表作には「日本売春史」なんてのがある。元々カメラマンではないのだが、大型ストロボの使い方を覚えて自分でペンタの6*7握って写真も撮っていた。この、編集者からカメラマンというコースはアリス出版の伝統みたいなもんで、増え続ける需要と低コスト制作を克服するための生活の知恵でもあった。 さて、次は「花嫁修業日記」だ。花嫁修業という言葉も今では死語に近いものがあるが、このころはまだリアルな言葉だったのかね。それはともかく、この作品にも64ページという長丁場を乗り切る工夫が見られる。登場人物は、女が2人と男が5人。ちなみに男の中の一人はアリス出版の社長である。 その頃は女のモデルのギャラは、カラミだと3万5千円だった。男は5千円だ。で、カメラマンは、いくらだろう。外注だと、ま、3万とか4万とか、そんなもんだ。理想的には社内カメラマンで、女一人で64ページ組めれば、もっとも安くあがる。アリス出版社長が菊一文字名義で作った「不純異性交遊」がそうだが、この手法はかなり撮る側、作る側に「気合い」が入っていて、モデルが美人でないと難しい。また、女が美人でもちょっと凝った撮影をすると一人の女を二日かかって撮らなきゃならなくなる。 もっとパンツが透けていたり、マソコを丸見せできればページが持つんだけどねえ。そうも行かない。自販機ポルノというのは裏本みたいに非合法なものでもなければ、ビニ本みたいに半分非合法なものでもないのだから。 そこで、男を登場させてカラミ、ということになる。男はギャラも安いし。それでも女が一人では辛いし、シチュエーションに凝って二日かかって撮るくらいなら女が二人のほうが豪華でイイぞ、というわけで、こうした企画ができあがるわけだ。 次の「少女と義父」も同じパターンである。例によって安手のエロ小説にありそうなパターンで、娘が義父にやられちゃうという、親子丼物語。表4が女の子の顔アップでタイトルも「少女」になってるあたり、うまいっすねー。表1もクサイけどポイントを押さえている。Do企画というのは土曜漫画新社のことだと思います。大昔はちゃんとした書店でも売っていた名門誌だったのが倒産し、自販機本を作っていた。少女とナントカというのも定番のタイトルで、そのルーツは通販本の松尾書房「下着と少女」シリーズにさかのぼる。売れ筋をきっちり押さえた作りが、いかにもだ。 さて、次は「紅い花の伝説」。笑える。つげ義春の名作「紅い花」をそのままパクっているのだが、なんと主演のキクチサヨコ役はあの、愛染京子なのだ。元祖本番女優というか、元祖潮吹き女優というか。しかも髪の毛は茶髪でパーマかけまくりで、若いのにオバサン全開バリバリ。けっこう忠実に原作をパクっているのだが、それがかえって笑い者になってしまっている。珍作というべきだろうか。中身は一部モノクロで、つーことはかなり古い。ごく初期の自販機ポルノだ。こういうのはアリス出版だろうと思ったらLC企画。どうでもいいがLC企画は戸外での撮影が好きなような気がする。あるいはスタジオ代節約かも知れないが。 さて、続いて「フルート教師 童貞破り!」だ。これまた嘘クサイかつらを装着した女が主役。この頃はヌードモデルやるような不良娘はみんな、茶髪でしかもパーマかけまくりだったのだ。しょうがないんで撮影ではかつら着用となる。このかつらは定番で、この時期のアリス出版のモデルはみんなコレを着用しているような気がする。ワタシも使ったような気がする。このモデルはご覧のように出来損間違いのダッチワイフみたいな顔してて、美人なんだかブスなんだか理解不能な顔だ。なるほどフルート教師というのはこんな顔なのだと言われれば、見えなくもない。それより霊媒師と言ったほうが通りそうでもあるが。でもってフルート持つ手つきが変だが。 で、中身は男が二人登場してのカラミ。女は一人だから撮影効率はいい。いわばB5・64ページ物というのは日活ロマンポルノを動かないスチール写真で再現してるようなものなのだが、さすがにここまで安直になるとストーリーも糞もない。生活感あふれる誰かの部屋で、続けて二人の男とカラむだけである。もっともすべては低予算の成せるワザなのだが。編集発行人は例の山田定幸である。 「少女と地下足袋」とはまた大胆なタイトルをつけたものだが、これもまたかつらだなあ、どう見ても。低予算化はますます進行し、ここでは遂に女一人、男一人、一日の撮影ですべてを組んでいる。ざっと計算してみよう。3.5万+0.5万がモデル代。カメラマンは社カメ、撮影場所は誰かの部屋、まあ、お礼を1万円くらい払ったかも知れない。結局、外に出た金は5万くらい。あとは編集者が一日かかってねじりはちまきでレイアウトする。ポジをセレクトして引き伸ばし機でアタリを取る。あるいはトレペで対角線指定。 印刷のことは置いといて、500円で3万部刷ったとする。取り次ぎなど通さないし、売り切れるまで売るから1500万円の売り上げ。東販・日販流通だと出版社に入る金はせいぜい60%だから、おなじ売り上げをあげようと思ったら5万部だ。どう考えても5万円で5万部売れる本など作れるわけがない。通常、著者には10%が印税として支払われることを考えれば、5万円という制作費の異常な安さが理解できるだろう。 最後を飾って貰うのは「娘博徒・体賭けます」。もうヤケクソ。企画会議で「やっぱ、飲む、打つ、買う…っつーくらいだからバクチとからめたら売れるんじゃねーの?」なんて、素人の無責任な意見が通ってしまったとしか考えられない。キャリアのある編集者だったら売れ筋がどんなものか理解しているし、理解していれば「女子高生、女教師、女医、看護婦、近親相姦」と実績を踏まえた外れのないローテーションを組めるのだが、何せ当時は作るのも売るのも素人だ。それに書店売りと違って、あんまり売れない本でも売り切るまで機械に突っ込んでおけばいい。自販機でエロ本を売るというのはほぼ独占事業だったから、子飼いのアリス出版の場合、競争はあんまり厳しくなかったのだ。そういう意味では気楽な商売だった。 ところで困ったことに自販機本には「奥付」はあっても「発行日」が記載されていないのだ。これは、さっきの「売れるまで機械に突っ込んでおく」という売り方にも関係あるのだが、そのために自販機本の歴史を書こうとすると困ってしまう。ワタシがアリス出版に在籍したのは1979年から80年にかけて、以後もB5版64ページ物は外注で作っているのだが、ここに紹介したのはワタシが入社する以前のものばかりだ。「花嫁修業日記」には珍しく1977年という記載があるので、自販機ポルノの出現は多分、その少し前あたりだと思われる。モデルの尻の垂れ具合から見てもそんなもんだ。日本女性の体型はこの20数年でずいぶん進化したんだね。 |
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