自販機ポルノのアリス出版という名に懐かしい気分を覚えるのはどんな年齢の人たちだろう。有名なところでは、谷村新司が在籍したあのアリスが、アリス出版から名前を取っているという事実もある。彼は知る人ぞ知る、莫大な蔵書を誇るエロ本コレクターだったのだ。
全盛期は意外に短かったアリス出版だが、たしかにある時期、それは日本の文化を変革するだけの可能性を持った、巨大な存在だった。ここではその、アリス出版に対するオマージュを捧げるために、今や入手不可能な幻の名作「不純異性交遊2」を復刻することにする。
僕がアリス出版に入社したのは、その後テレビタレントとなった亀和田武がアリスをやめる直前だった。というか、話はもっと以前、三流エロ劇画ブームにまで遡る。
ロクに学校に行かない学生だった僕は現コミケット主催者である米沢氏らとともに漫画評論同人誌を通じてマスメディアにエロ劇画ブームというムーブメントを引き起こすことに成功する。イレブンPMが特集を組み、総合雑誌が特集号を出し、当の僕も漫画出版社にもぐり込むという狂騒の中で、アリス出版から出されていた劇画アリスはエロ劇画御三家としての地位を確立することとなる。
ただ、劇画アリスが漫画エロジェニカや漫画大快楽と違っていたのは、書店に並ばない特殊なルートを取る自販機本と呼ばれる存在だったということだ。
日本の出版界は、当時も今も、東販日販という2社の支配下にある。出版にたずさわろうという者がまっさきに考えなければいけないことは、どうやって東販日販の口座を取るかということであって、出版物の内容でも読者のことでもない。特にエロ本と呼ばれるジャンルのものはその2社の支配力が強く、出版社にとって金の卵であるエロ本の雑誌コードは、ほとんど新規参入が不可能な、それ自体がひとつの利権とも言える存在だ。
こうした状況のもと、ゲリラ的な出版物であるアダルトショップ系から転身を図ったのが、セルフ出版だ。セルフ出版と言ってもピンとこない読者は白夜書房と言えばわかってもらえるだろう。あの出版社は元はアダルトショップ系であって、そのため書店売りへの転身には多大な苦労を強いられている。
今やTVスターである末井昭氏が製作したニューセルフは三号続けて発禁処分をくらい、廃刊に追い込まれているし、何かにつけて圧力を受けていたという噂もある。それが今のメジャー、白夜書房に育つには、売れない文化人の書籍を山ほど出版したりといった努力があったとも聞く。
だが、エロ本屋はエロ本を作りたいのだ。そんなストレートな叫びにも似たムーブメントは、思いがけないところからやって来る。それが、自販機ポルノ誌だったのだ。
いつのことか、誰なのか、今となっては定かではない昔、雑誌を自動販売機にいれて売ることを考えた人がいる。まだコンビニのなかった1970年代、それはよく売れた。少年マガジンやビッグコミックが、夜中でも買えるのだ。どこよりも早く朝まで待たなくても夜中の12時を過ぎるとすぐに新刊が買えるため、漫画マニアであった僕もよく通った。
だが資本主義の当然の論理として、儲かるモノを売るほうが利口だという事実がある。
一冊600円のオールカラー64ページB5サイズの写真集という本はこうして生まれる。
多分、さいしょは例のアダルトショップ系の写真集、その後ビニ本と呼ばれることとなるモノからはじまったはずだ。売れ残りを安く買いたたいて機械に入れる。単価が高いし利幅も大きい。だが、日本は資本主義である以上に管理主義な国家だ。歴然とオナニー本でしかないことが明白なそうしたモノを、子供でも買える自販機で売ることに対する社会的批判もすぐに出現する。
全国で巻きおこる排斥運動。その一方的な攻勢に対して、ありあまる性欲だけを武器に耐えながら、ポルノグラファーたちは戦った。局部アップ、日本売春史、紅い花の伝説、喪服、女子便所と、それこそ思いつくまま、日本のエロ本の歴史を飾る名作(迷作)の数々が生み出されて行く。
そしてこの傑作、不純異性交遊。
アダルトショップ系写真集の常識を打ち破った大胆な構成だ。主役はすでに女の裸ではなく、女子高生というえたいの知れない存在と、アンニュイな気分、そして自慰や性交という行為に移っている。そこはかとなく日活ロマンポルノの匂いも感じられると言ってもいい。
そして、少なくとも合法的な印刷物のポルノグラフィーでカラミと呼ばれる男女が触れ合っているポーズが主役として取りあげられるのは、自販機ポルノが最初である。
この名作を作ったのは、こうした写真集のほとんどがそうであるように、たった一人の男だ。
企画をたて、モデルを探し、写真を撮り、構成を考える。そこまでやったこの男、菊一文字と名乗っていたその男こそ、当時のアリス出版の社長なのだった。
ストーリーがなきゃダメだ。
漫画編集の世界からポルノグラファーへと転身した僕に、社長はくりかえしそう言った。
陰毛や具の透け方で売れ行きが決まるビニ本の世界とはことなり、PTAという見えざる敵と対峙しつつ商売しなければならなかった自販機ポルノ。露出度ではなく、いかにも見えそうな雰囲気、過激そうな雰囲気、そういった「気分」だけで勝負をかけなければならなかった世界ゆえ、男の性欲の想像力をかきたてるモノがなければダメだということだ。
この作品の表紙をあらためてじっくり眺めてもらいたい。
裏表紙こそ下着が見えているものの、これだって機械に入れてしまえば下半分は隠れてしまう。この作品を猥褻なモノに見せているのは、あくまでも「気分」であり「事実」ではない。内容的にはきわめてソフトな本だ。それでも全編を流れる澱んだアンニュイな雰囲気が、そこはかとない猥褻さを伝えてくれる。
ポルノグラフィーを規定するものが事実ではなく気分であるということを、僕は自販機本の編集を通じて学んだのだ。
ところで僕が48手の相手役モデルからデビューした自販機ポルノの雄、アリス出版には当時、二人の編集者と一人のカメラマンしかいなかった。
そのうちの一人が亀和田武であり、文化人として売りだし中であった彼は公私共に忙しくて、仕事をしてるヒマなどないくらいだった。僕は、いわば亀和田氏の代役として入社したのだ。
ほどなく彼は退社し、僕ともう一人の編集者で山ほどのエロ本を作らなければいけない事態になる。それも写真集だけでなく、実話や劇画、ヨタ記事など満載したいわゆる男性娯楽誌と呼ばれるものまで作らなくてはならない。
当時はレズ雑誌なんてのもあったりして、もちろん女が読むわけじゃない、男と女のカラミが表現手段としてむずかしかった時代には、ひとつの逃げとして女どうしをからませたりしたのだ。けど、裸の女が複数になると、その匂いたるや、たまらない。男と女のカラミだったらたとえ目の前で本番やってても匂いなど気にならないんだけどね。ゲロ吐きそうになったこと何度もある。いや、そんなのまだマシで、生理中の女とカラミの撮影でシックスナインのポーズやってるうち、僕の顔にタラタラと血がしたたってきたこともある。
モデルはほとんど素人だった。
女性週刊誌で募集した素人娘たちを、下着の撮影だとか騙して脱がせてしまう。失敗したってかまやしない。成功率が60パーセント越えればプロだ。そして、素人娘なんてのは車に乗せて、歩いて帰れないほど遠くのモーテルに連れこんでしまえば観念して脱ぐものなのだ。
不思議なことに、脱ぐことに馴れてしまうととたんに、その女の裸は魅力を喪くしてしまう。どんなに美人でグラマーでも、生まれてはじめてカメラの前で脱ぐ素人の女の子の羞恥心にはかなわないのだ。あるいは、それこそ気分でしかないのかも知れないが、朝、撮影にあらわれた時には水着か下着のファッションの撮影だとばかり信じきっていた高校生の少女が、昼過ぎには太いバイブを根元まで挿れられてあえいでいたりする世界だ。
そう、本物の高校生もたくさん撮った。
18歳過ぎていれば、女子高生でも大学生でも法律的にはオーケーだ。それにスレた娘はヌードモデルなんて割の悪いショーバイはやらない。売春でも水商売でもできる。どうせあまり人に誉められない仕事やるんだったらバレない方が利口だ。売春なら相手は一人、自販機ポルノなんぞ出たら何万人にも見られてしまう。バレる可能性はきわめて高い。世間知らずのお馬鹿さんのやる仕事だ。それに今と違って裸からTVタレントになるなんて考えられない時代だ。
次から次へとあらわれるお馬鹿娘たちを、僕は狂ったように撮りまくった。カメラマンとして入社したわけじゃないがなにせ社長がニコンかついで朝から女子高生とモーテル行っちゃう会社だ。誰にも文句は言わせない。
さて、ここで当時の自販機業界のあらましについて説明しておこう。
もともと売れるから、というそれだけの理由で始まった業界には、製作を担当する部門はなかった。そこに流れこんできたのが、漫画大快楽で名を売った檸檬社から流れてきた菊一文字と亀和田武のコンビ。二人はアリス出版を形成し、左翼くずれで絨毯バーのオーナーであった明石賢生がLC企画を作る。さらに東日販系のまともな出版社であった土曜漫画が身を持ち崩して参入し、九鬼というカメラマン事務所もデザイナーを雇って本を作りはじめる。
出版というのは付加価値の高い産業だ。
しかも普通の書店では売れない本はすぐに返品されてしまうが、自分の裁量で自由に販売できる自販機業界では基本的に返品はない。東日販系のまともな出版社の雑誌を売るより出版部門を丸抱えしたほうが儲かるのは自明の理だ。
最盛期にどれくらいの量が出版されていたか、定かではない。が、僕は一人で一ヶ月に10冊のエロ本を作ったことがある。写真集、劇画雑誌、実話誌、中身はいろいろだが、女の裸がメインになるのに変わりはなく、あけても暮れてもハッセルブラッドかついで走りまわっていた。すべては急成長する業界のあだ花みたいなものだ。
やがて、LC企画はアリス出版と統合されることとなる。少なかった社員も急増し、それなりに出版社らしき形態を見せるようになってくる。が、それと同時進行のようにPTAの包囲網も厳しいものとなり、出版部数も減らされて行く。滅亡の日はまぢかに迫っていた。
そしてアリス出版の多くの社員は、明石賢生社長のもと、当時破竹の勢いで流行りはじめていたビニ本業界への転身を図る。ルール無用のジャングル、新しい戦場はまた、大変な世界だった。
カメラにオシッコひっかけられながら女子便所シリーズを撮り、それを徹夜でレイアウトし、自前のスカイラインのタイヤをハの字に歪めながら新宿、浅草と配達までした。社長の机のうえには換金に行くひますらない手形や小切手が山積みとなり、ボーナスを楽しみにしていたら半年後には警察の取り締まりのおかげで業界全体が沈没してしまう。更にはAVまで手をのばしてスチールでやってたことをそのままビデオカメラの前で再現と、嵐のような日々なのだった。
ところで問題の菊一文字だが、そのころにはとっくにエロ本屋から足を洗い、陶芸家に変身を遂げていたのだった。 |
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